豆袋の中に手を入れること
「アメリが好きなこと。それは、食料品店の店先にある豆袋の中にそっと手を差し入れて、できるだけ深く奥まで差し込むこと。」
映画『アメリ』には物語を俯瞰する語り手がいて、登場人物たちの「好きなこと」と「嫌いなこと」を逐一紹介してくれる。あたかもそれが彼らのアイデンティティの全てかのように。
アメリ風に今日の出来事を振り返るならばこうだ。
僕が好きなこと。
晴れた日曜日に溜まった洗濯と部屋の片付けをすること。作り置きのドライカレーを食べながら借りてきた映画を見ること。油を注したての自転車に乗って本屋さんに出かけること。夕暮れ時の鴨川沿いを北大路通りまで走ってDVDを返しに行くこと。
僕が嫌いなこと。
親からもらった天ぷら粉を一度も開けずに賞味期限を切らしてしまうこと。自転車を押しながら日曜日の三条商店街を歩くこと。帰り道でにわか雨に打たれること。新調したシンクのゴミ受けのサイズが流しと合わないこと。
そんな風にして一次元上にいる誰かが僕のことを事細かに分析して紹介してくれたらいい。僕としてはすごく楽だ。
でも現実はそうはいかない。自分を分析するのは自分しかいないし、そしてそれを相手にうまくプレゼンするのも自分しかいない。
本屋では就活の本を見てきた。
「就活の流れがまるごとわかる!」だの、「自己分析から始める就活」だの、「時事問題はこれ一冊!」だの、「なぜ就活はつらいのか」だの、目にするだけで全身が痒くなる類の本だ。
今までなんとなく問題に直面するのが嫌で避けてきたけれど、やっぱり見てきてよかったと思う。最近漠然と抱えていた焦りがすっと軽くなった気がした。とりあえずこれからやることが見えてきたからだ。まずは明日大学で今日目星をつけた本を何冊か買って、自己分析から始めてみようと思う。
そして今日は好きな事がもう1つ。
自分の好きなように好きなだけ好きな文章を書くこと。
「そして今日、彼はブログを始めたのでした。」
もしかしたら物語の全貌を知る誰かが僕の聞こえないところでそう呟いているのかもしれない。