雪と雲と綿菓子
一面の白。名神高速道路沿いの山々は、ずっしりとした雪で覆われていた。それでもなおも降り続ける雪、雪、雪。強い風におおられて地面と平行に吹き抜ける。今年一番の大寒波だ。
久しぶりに見る一面の新雪は、なんだか妙にそそる。幼い頃、わざと道を外れて新雪に自分の足跡をつけに行ったり、そっと手にすくってみたり、思いっきり飛び込んでみたりしたのを思い出す。今でも新雪があるとわざわざそこを踏んで足跡をつけたくなる。
でもそうやって靴に入り込んだ雪は想像以上に冷たいし、水になった雪が靴の中でどうしようもなく染み渡っていく感触はかなり不快だったりする。
雪かきでスコップに乗せた雪はかなり重かった。春先に車道で踏みにじられてぐしゃぐしゃになった雪は泥にまみれていて汚かった。一度溶けてまた固まったザラザラの雪は見た目は綺麗だけど、触るとけっこう痛くてげんなりさせられた。
京都にいるとそんな雪の嫌な部分はあんまり感じない。雪はさらさらと降ってはすぐに溶けてなくなる。その儚さに美しさを覚えるくらいだ。
でもやっぱり雪のそんなうんざりする側面がないと雪は雪らしくないような気もする。柔らかさだとか純粋さみたいな、人間が雪に勝手に求める理想や欲望みたいなものを、冷たさとか汚さで無慈悲に突っぱねてくる反骨心みたいなのが好きだ。
雲に実体がないように、綿菓子が不愉快なほどベトベトするように、白くて柔らかいものはどことなくそんな共通点があるような気がする。というか、人間がそれらに過剰な期待を寄せすぎているだけなのかもしれないけれど。
雪は、東京の人が思うようなロマンチックで幻想的なものとは本質的には違うような気がする。でも、そんな雪の感触や重みに僕はノスタルジーを感じて、やっぱり雪に惹かれるのかもしれない。